ジャポニスム学会は、1980年に20名ほどのメンバーが集まって立ち上げた弱小学会でした。発足の世話人となったのは山田智三郎先生、大島清次先生、瀬木慎一先生、池上忠治先生、芳賀徹先生の5名だったそうですが、芳賀先生を除いた4名の方はすでに鬼籍に入られました。当時は名称を「ジャポネズリー学会」としていましたが、1998年からは「ジャポニスム学会」となって、今日に至っています。

ジャポニスムの定義は難しいのですが、19世紀後半に日本の開国をきっかけに日本美術や芸術・文化が西欧世界に知られるようになり、その表現方法や思想に関心を持った芸術家たちが、さまざまな要素を取り入れて新たな表現を試みたその現象や作品を指します。狭 い意味の美術(絵画・彫刻・版画など)から、建築やインテリアデザイン、装飾工芸から文学や演劇、音楽など幅広い芸術活動においてこのような傾向が見られるのがこの時代です。

また、ジャポニスムが広まる背景には日本の情報が知られ作品のコレクションが形成されるなどの活動が必須でしたので、美術品とは言えない扇子や提灯などの芸術性の低い日用雑貨の類までがどのように伝播したかなども研究の対象となります。要するに広い意味での 「日本的なもの」が西欧世界でどのように受け入れられ、どんなものが作り出されたのか、それはどういう考えに基づいているのか、といったことを研究する学会といってよいでしょう。

このたび6年間会長を務めて下さった坂本満先生がご退任になり、私が後を引き継ぐことになりました。先生は洋の東西と数百年の時代を、広い視野と強い好奇心で漂流し、はっとするような鋭いご指摘を、独特のゆったりした話し方で伝えてくださる稀有な方なので、狭い視野に陥りがちな後輩たちに、たくさんのことを教えて下さいました。先生はじめ、それ以前の会長の先生がたのお仕事にどこまで追いつけるか、心もとないのですが、改めて気持ちを引き締めています。

ジャポニスム学会も弱小ながら200名近い会員数を擁するようになり、このたび財団法人石橋財団のご支援をうけて学会誌を英語とのバイリンガル化に踏み切ることになりました。これを機会に海外のジャポニスム研究者たちが多く参加して下さる事を願っています。 創立以来30年を超え学会の活動も活発化し、海外での調査をベースに精緻な論考を組み立てる研究者も増えて、学会はまたひとつ階段を昇ったと言えるのでは ないかと思います。

研究の精度を高める一方で、会の創設にご尽力下さった初期の理事や会員の方々から学んだ、広い視野で文化 交流を見つめること、そのために日本の歴史や文化をきちんと学ぶこと、そしてこの研究の楽しさを多くの人々と分かち合うこと、を忘れることなく、常に各方面に問題提起をできるような、活発な学会となるよう、尽力したいと思います。

2013年7月
ジャポニスム学会・会長
馬渕明子