第45回 ジャポニスム学会賞(2024年度)
受賞者:ソフィー・バッシュ氏
対象業績:著書 “Le Japonisme, un art français (ジャポニスム―フランス美術としての),” Les presses du Réel, 2023
選考経過
2022年4月1日〜2024年3月31日までに日英仏語で発表された、ジャポニスム研究に寄与する学術性の高い著作(著書、論文、評論、翻訳)、展覧会企画、およびデジタル出版やリポジトリで公開された博士論文など)を対象に、公募制により学会員から対象業績を募りました。それをもとに本年9月に選考委員会で厳正な選考を行い、10月の理事会にて受賞者を決定いたしました。
授賞理由
本書は、ジャポニスムをめぐって主として19世紀後半から20世紀前半にかけてフランスにおいて生じた個々の言説を、当時の言説の総体の中に位置づけ、その発せられた場におけるダイナミックな意味を探究するという方法を徹底的に押し進めたものである。これまで問題にされてこなかった数多くの言説がここでとり上げられ、またしばしば引用されてきた言説もその意義がとらえ直されている。その意味で、フランスでジャポニスムがどのような言葉で受けとめられていたかを考えようとする者にとって、今後避けて通れない基本文献になるだろう。
本書はその方法論ゆえに、日本美術・文化そのものについては語らないし、そのフランス美術・文化への影響についてもほとんど語らない。のみならずジャポニスムの芸術家とされるホイッスラー、ドガ、モネらの意図を読み込むこともない。ここで主として扱われるのはシェノー、ビュルティ、ゴンクールら文筆家たちの評論である。日本からの影響を語ることよりも、アカデミズムによる美の規範に対抗する美的価値を日本の美術に見出した、その事実を掘り起こすことに本書の眼目がある。そしてまた、日本美術に共通して興味をもつ彼らも、人間関係においては微妙なものがあり、普仏戦争敗戦後の社会に対してもそれぞれ独自な姿勢をもっていたことが触れられている。
当時のフランスで日本美術がどのようなコンテクストで、何と関連づけて語られたかについて、本書でふんだんに述べられるのだが、日本の研究者にとって意外なもの、新鮮なものも少なくない。たとえば北斎の人物描写、とりわけ北斎漫画は、ホガース、ゴヤ、ガヴァルニ、ドーミエといった系譜との比較で受けとめられていたこと。あるいはたとえば、日本の装飾にはペルシャの影響が色濃く見られると一部で考えられていたこと(インドのものであれば更紗の日本への影響があったのはたしかだが、古代の唐草文様以外にペルシャからの影響があっただろうか)。
ジャポニスムの初期から日本美術は、古代ギリシャ美術と並列して語られることが多かった。19世紀前半の新古典主義の時代までは、古代ギリシャ建築は真っ白で、厳格なシンメトリーを守るものとされていたが、19世紀半ばにそれが彩色されていたこと、シンメトリーは緩かったことが明らかになり、それが豊かな色彩、非対称を好む日本美術評価への追い風になった、という記述も興味深いものだった。
本書では分析の方法を厳密に定めた結果、その対象範囲が限定されている。しかしそれは本書の弱点ではなく、それゆえにこそ数多くの言説にしかるべき照明が与えられたのだ。著者ソフィー・バッシュ氏はソルボンヌ大学教授で、特に海外へのまなざしを扱ったフランス文学についての研究が多い。本書もフランスの文学研究書特有のレトリックや用語法に溢れており、フランス以外の国々や日本美術に関心のあるジャポニスム研究者には難解な面があるかもしれないが、難点を補って余りある利点のある高著である。
(ジャポニスム学会賞選考委員会)
第45回ジャポニスム学会賞受賞者紹介
Sophie Basch氏(ソフィー・バッシュ)
【略歴】
1963年:ブリュッセル生まれ
1994年:ブリュッセル自由大学で博士号取得
1992年~1997年:ベルギー王立図書館、希少書籍保管庫キュレーター
1998年~2002年:オート=アルザス大学(ミュールーズ)教授
2002年~2007年:ポワティエ大学教授
2007年~現在:ソルボンヌ大学(パリ)教授
【主要な業績】 以下、翻訳出版物以外の[ ]内は訳語で仮のものです。
Le Mirage grec. La Grèce moderne dans la littérature française depuis la création de l’École française d’Athènes jusqu’à la guerre civile grecque (1846-1946) [ギリシャの幻想:フランス文学における近代ギリシャ―フランス・アテネ学派創設からギリシャ内戦まで(1846-1946)], Paris-Athènes, Hatier, coll. “Confluences”, 1995, 537 p.
Paris-Venise, 1887-1932. La “Folie vénitienne” dans le roman français, de Paul Bourget à Maurice Dekobra [パリ=ヴェニス、1887-1932。フランス小説における「ヴェニスの狂気」、ポール・ブールジェからモーリス・デコブラまで], Paris, Honoré Champion, coll. “Travaux et recherches des Universités rhénanes”, 2000, 202 p.
Les Sublimes Portes. D’Alexandrie à Venise, parcours dans l’Orient romanesque [崇高なる扉。アレクサンドリアからヴェニスへ、ロマン主義的オリエントの旅] , Paris: Honoré Champion, “L’Atelier des voyages”, 2004), 326 p.
Rastaquarium. Marcel Proust et le “modern style”. Arts décoratifs et politique dans “À la recherche du temps perdu”[ラスタクアリウム。マルセル・プルーストと「モダン・スタイル」。「失われた時を求めて」における装飾芸術と政治], Turnhout, Brepols, coll. “Le Champ proustien”, 2014, 192 p., 165 ill.
Souvenir des Dardanelles. Les céramiques de Çanakkale, des fouilles de Schliemann au japonisme [ダーダネルスの記憶。チャナッカレの陶器、シュリーマンの発掘からジャポニスムまで], Bruxelles, Académie royale de Belgique, coll. “Regards”, 2020, 140 p., 32 ill.
ジャポニスムに関連する出版物
« Héraldique, japonisme et mémoire des formes : le papier de Gilberte ou la “calligraphie parlante” de Marcel Proust » [紋章学、ジャポニスム、形の記憶:ジルバートの紙、またはマルセル・プルーストの「話す書法」] Littera. Revue de la Société japonaise de Langue et Littérature françaises (SJLLF), n° 2, March 2017, p. 34-47.
« Les intérieurs d’Odette, des japonaiseries aux salons blancs : à la recherche du décor perdu » [オデットのインテリア、ジャポネズリーから白いサロンへ:失われた装飾を求めて], Littera. Revue de la Société japonaise de Langue et Littérature françaises (SJLLF), n° 5, March 2020, p. 125-139.
« Philippe Burty contre Castagnary. Philologie du japonisme, “ce caprice de dilettante blasé” followed by : « Le “jeu japonais”, de Marcel Proust à Ernest Chesneau » [フィリップ・ビュルティとカスタニャリー。ジャポニスムの文献学、『退屈した愛好者の気まぐれ』、および「『日本的あそび』、マルセル・プルーストからエルネスト・シェノーへ」], Académie royale de langue et de littérature française de Belgique.
Communication to the monthly séance of 13 March 2021 (https://www.arllfb.be/ebibliotheque/communications/basch13032021.pdf), 48 p.
« Ernest Chesneau, the First Critic of Degas’s Japonisme » [エルネスト・シェノーの美術批評再考―英仏文芸交流からジャポニスムへ], in Takagi Yoko, Murai Noriko, Koma Kyoko and Fujihara Sadao (éd.), Japonisme Reconsidered. The Other and the Self in Representations of Japanese Culture, [ジャポニスムを考える―日本文化表象をめぐる他者と自己] Tokyo, Society for the Study of Japonisme-Shibunkaku Publishing, 2022, p. 185-203.
« Détournement de japonisme. La Poupée japonaise de Félicien Champsaur et Raphael Kirchner » [ジャポニスムの変容―フェリシアン・シャンソーとラファエル・キルシュナーの『日本人形』] , in Georges Forestier, Aurélie Foglia, Henri Scepi, Nicolas Wanlin, Juliette Kirscher (ed.), « Une transparence du regard adéquat » [“A Transparency of the Adequate Gaze”]. Mélanges en l’honneur de Bertrand Marchal [ベルトラン・マルシャルに捧げる論文], Paris, Hermann, 2023, p. 567-586.
« Le “boudoir des combles Japonico-Néerlando-Britanniquo Blue and White.” Au pays du japonisme » [ジャポニコ・オランダ・ブリティッシュ「青と白」の屋根裏部屋。ジャポニスムの国にて], in Whistler, l’effet papillon [ホイッスラーのバタフライ効果], Laura Valette and Florence Calame-Levert (dir.), Milan-Rouen, Silvana Editoriale-Musée des Beaux-Arts de Rouen, 2024, p. 26-31.
Le Néo-Japonisme, 1945-1975[『ネオ・ジャポニスム1945-1975』], edited by Sophie Basch and Michael Lucken, Paris, Hermann, coll. « Japon », in press.2025年1月発刊予定。