第5回(2017年度)ジャポニスム学会展覧会賞

「ガレの庭 花々と声なきものたちの言葉 Émile Gallé-Nature and Symbol」

「没後100年 宮川香山」

【選考理由】

 2016年も、ジャポニスムと東西美術交渉に関係する意欲的な展覧会が数多く開催された。ジャポニ

スム研究において欠かすことのできないシーボルト・コレクションをテーマとした「よみがえれ! 

シーボルトの日本博物館」(国立歴史民俗博物館、江戸東京博物館、名古屋市博物館)や、日本美術の影

響を受け、収集も行ったメアリー・カサット展(横浜美術館、京都国立近代美術館)、「オルセー美術館

特別協力 生誕170周年 エミール・ガレ」(サントリー美術館)、「驚きの明治工藝」(東京藝術大学大

学美術館、細見美術館、川越市立美術館)等、重要で、高く評価できる展覧会が多かった。

「ガレの庭」展は、植物学者としてのガレの側面を、彼が1885年以降に設営した豊かな植物園の実態

とともに解明した意欲的な企画であった。先行のガレ展でも、植物への関心や日本の留学生高島北海

との交流などが語られることはあったが、全てが彼の斬新なデザインの参考ととらえられていた。カ

タログにはナンシーの由緒ある科学アカデミー会員が植物学者としてのガレを評価する小論もあり、

彼が亡くなる寸前まで植物の変異種の研究に取り組んでいたことなど、生命の流転によせる彼の思い

を知ることができた。時にグロテスクに見える病葉など、植物の美しい姿でなく歪みや凋落までも造

形にとりいれるガレの哲学の一端を知ることのできる展示として評価できる。監修者の意図で、あえ

て単純なジャポニスムの側面は強調されないが、彼の植物園にシーボルト経由で手に入れた日本の植

物が何百種類も栽培されていたという事実から、日本美術の底流にある無常観にガレが共感していた

ように感じられた。世界的なコレクションである北澤美術館の所蔵品に加え、遺族から寄贈されたオ

ルセー美術館所蔵の下絵デッサンや参考となったような日本美術の図版と作品を並べて鑑賞できる展

示もあり、当初のデザイン意図が作品本体にいかに反映されたか、されなかったか、が見て取れた。

カタログの構成にも、巻末にガラス工芸技法の解説の添付のほか、一般読者への配慮が細やかで、普

及面でも高く評価できる。

いっぽう、2016年に没後100年を迎えた初代宮川香山(1842-1916)は明治から大正時代に横浜を

中心に活動した陶芸家である。京都で窯業を営む家に生まれたが、若くして横浜へ移って新たな窯を

築き、明治政府の輸出工芸奨励策にしたがって、欧米の趣向を意識した作陶をつづけた。それは「眞

葛焼」と呼ばれ、西欧の万博で高い評価を得て欧米各国の美術館に所蔵された。香山の展覧会はこれ

までも横浜や有田で開催されたが、今回は田邊哲人氏のコレクションを中心に総点数約150点、いず

れも質の高い陶磁器の展観である。初期の伝統を重んじた茶道具に始まり、香山の名を世界に知らし

めた「髙浮彫」の陶器、清朝磁器にならった後年の精緻な磁器にいたるまで、様式変容の経緯がよく

理解された。香山はアール・ヌーヴォーなど同時代の西欧のスタイルも意識しつつ、めざしたのは「日

本固有の美」であった。《高取釉髙浮彫蟹花瓶》など、ともすれば奇をてらったキッチュな作品と考え

られる「髙浮彫」を正当に評価している点は慧眼といえる。また丁寧な作品解説や論文の掲載など、

充実したカタログ作りも選考理由のひとつとなった。

 

第37回(2016年度)ジャポニスム学会賞

第4回ジャポニスム学会奨励賞

第37回ジャポニスム学会賞 選考理由

受賞者:金子美都子氏(聖心女子大学名誉教授)
対象業績:著書『フランス二〇世紀詩と俳句——ジャポニスムから前衛へ』 平凡社、2015年11月

本書は、二〇世紀フランスにおいて日本の俳句(俳諧、あるいはハイカイ)がどのように受容されたかを、その黎明期から丹念にたどり、さらに俳句がフランス詩の世界にもたらした革新的なうねりをフランス前衛詩との関係の中に鮮やかに浮かび上がらせた秀逸な論考である。先駆的存在としてのレオン・ド・ロニー、ジュディット・ゴーチェ、そしてエルネスト・シェノー、フィリップ・ビュルティ、ゴンクール兄弟といった批評家・文人から、ポール=ルイ・ク—シューに至るまでの日本美術や文化受容の道筋は、決して単純化されることなく、作家、批評家たちのそれぞれの関心や周囲の人間関係をも踏まえたうえで、叙述・分析される。クーシューとイギリス人日本研究者バジル・ホール・チェンバレンに関しては、その俳句観や翻訳のあり方が丁寧に比較され、フォンタネージの「写生」の概念を用いて俳句を説明しようとした子規の俳句革新運動の西洋への影響がそこから逆照射される。さらに金子氏は、俳句翻訳の問題を「翻訳(不)可能性」といった近年の翻訳理論をも駆使しながら考察している。
しかし何よりも本著の卓越性を示すものは、第一次大戦期におけるフランス・ハイカイの発展をたどった後半の第三部にある。ここで金子氏は、『レ・レットル』誌の主宰者であったフェルナン・グレッグの「ユマニスム」とハイカイとの関係、また「戦争百景」という三行連詩を『ラ・グランド・レビュー』誌に発表したリヨン生まれの詩人ジュリアン・ヴォカンスや戦禍の街ランスでハイカイ運動の先頭にたったルネ・モーブランについて論じていく。さらに詩人ポール・エリュアールとジャン・ポーランの書簡にあたり、シュルレアリスムやダダイスムとハイカイの関係を読み解いていく。アンドレ・ブルトンやルイ・アラゴンが関わった『リテラチュール』誌や『新フランス評論』(NRF)だけでなく、地方文芸誌に現れた「ハイカイ」的な詩の検討など、現地での地道な資料調査に立脚したこの研究は高く評価されるべきものである。こうして金子氏は「ハイカイ」こそ「象徴主義とシュルレアリスムの接合点」であったことを、一つ一つ検証し、証明していくが、まさしくこれは研鑽を積んだ研究者ならではの論考であり、本書がアカデミズムに大きく寄与するものであることは疑いをいれない。西欧モダニズム芸術の中に、静かにしかし着実に根を下ろしたジャポニスムの影響を探究した本書は、今後のジャポニスム研究の発展を促進するものであり、ジャポニスム学会賞に値する優れた業績であるといえる。

第4回ジャポニスム学会奨励賞 選考理由

受賞者:山塙菜未氏(ポーラ美術館学芸員)
対象業績:「明治期博覧会における園芸振興と日本植物ブーム」
     『近代画説』23号、明治美術学会、2014年12月

この論文で著者は、園芸という、ジャポニスム研究においてこれまでほとんど死角にはいっていた領域を大きく視野に収めることに成功した。詳細な註でうかがえるように、たんねんに同時代の史料を調査し、関与した者たちの動向もあぶりだしている。たとえば、日本ではそれまで絵画・文学などで取り上げられることの多くなかったユリが西洋でもてはやされるようになり、それに反応して日本側でも積極的に輸出を推進するようになったと言う。このような事象は、近年のジャポニスム研究において、とりわけ輸出工芸などで積極的に指摘されるインタラクティヴな日本=西洋の関係のもう一つの好例と言える。これをこの論文では、とりわけ万国博覧会から内国勧業博覧会へのフィードバックに注目して論じている。
また西洋の日本園芸ブームが、花を多くモチーフにする日本の美術工芸品への関心につながったという仮説も、たいへん刺激的である。日本側では起立工商会社などにおける輸出植物と工芸図案との関連性が指摘され、西洋側ではラファエル・コランがまずは日本の園芸に興味をもち、引き続いて日本の美術工芸品の収集が始まったことが指摘されている。
この未開拓の領域には、まだ多くの興味深い研究課題が残されているようであり、本論文はその端緒ともなりうる。特に、西洋側の史料・事例をより豊富にすること、モネ、ゴッホ、ガレなど日本の花や園芸に興味をもっていた画家たちの場合について検証すること、双方の貿易統計でどのような数字が見られるか確認すること、日本でより深い伝統のあるサクラ、ウメ、キク、カキツバタではどうだったのかを論考すること、これらが今後の課題となるだろう。

第3回(2015年度)ジャポニスム学会展覧会賞

「画鬼・暁斎 KYOSAI―幕末明治のスター絵師と弟子コンドル」展

「ビアズレーと日本」展

選考理由

 候補の数件のうち、審議の結果、2つの展覧会を展覧会賞として選んだ。「ドラッカー・コレクション 珠玉の水墨画 「マネジメントの父」が愛した日本の美」展(千葉市美術館)も優れた内容であったことを付記しておきたい。授賞展覧会の両者は、ジャポニスムを日本・西洋の「双方向的交流」から捉えたテーマとして共通した業績であり、今日的な研究の視点であるといえよう。

「画鬼・暁斎 KYOSAI―幕末明治のスター絵師と弟子コンドル」は、暁斎とコンドルの関係をみごとに解き明かした展覧会であった。ジョサイア・コンドルは、言うまでもなく日本の建築に多大な影響を与えたが、彼はまた日本画の上での河鍋暁斎の弟子であり、その西洋への最大の紹介者だった。その暁斎とコンドルの二人をテーマにしたこの展覧会は5つのセクションに分かれ、そのうち最初の4つはコンドルもしくは彼と暁斎の交流にあてられている。コンドルが頻繁に登場する暁斎の絵日記、コンドルによる暁斎像、コンドルの著した英文の『暁斎』とそれに収録された《大和美人図》の原画、コンドルによる暁斎風の水墨画など、二人の交流は原物を通して強く印象づけられた。暁斎の画業を俯瞰する第5セクションにおいても、メトロポリタン美術館所蔵の12点の水墨による動物図が、コンドルとかかわりのある来日西洋人による収集品として、その質の高さとともに注目された。西洋から見た暁斎については、フランスから来たエミール・ギメ、フェリックス・レガメーとのかかわりも忘れてはならないが、三菱一号館の設計者コンドルから見た暁斎という観点に絞ったことにより、展覧会としてのねらいが鮮明になった。この展覧会は、あらためてジャポニスムが多くの場合、双方向的交流の一部であることを思い出させる。あわせて企画された日仏会館におけるシンポジウムなどとともに、この年の重要な成果となった。

1889年の暁斎歿後、イギリスの世紀末に颯爽と登場したもう一人の鬼才がオーブリー・ビアズリーであった。25年の短い生涯に、イラストレーション、絵画、詩、小説で、多彩な作品を残した重要な作家であり、国内外でいくつもの回顧展、企画展が開かれ、ジャポニスムとの関係は以前より指摘されてきた。しかし、「ビアズリーと日本」展が画期的であるのは、ビアズリーの創意、発想源を構図やテーマをもとに丹念に検証し、日本との影響を明らかにしただけでなく、ビアズリーがオスカー・ワイルドの戯曲「サロメ」の挿画で「ビアズリー時代」と呼ばれるブームを世界的に起こし、その影響が明治大正時代の日本人画家にも広まり、日本の近代芸術の発展を大きく推進したことを検証する2部構成とした点である。近年の日本の版画史、商業デザイン史の最新の研究を踏まえたうえで、ビアズリーと日本との相互影響の検証を正面から展覧会のテーマに据え、まさにジャポニスムと日本近代芸術を双方向から検証した。出品内容は、ウォルター・クレインらビアズリーの周辺の画家、長谷川潔、永瀬義郎、恩地孝四郎、田中恭吉、橘小夢、蕗谷虹児、高畠華宵、水島爾保布、武井武雄、竹中英太郎、山六郎、山名文夫などによるドローイング(下絵、素描)、版画、印刷物、装幀本等、約270点から構成された。範囲が広範なため、紹介に留まった箇所もあるが、日英の世紀末美術、モダニズム美術をビアズリーという強烈な光源で照射された見取り図となった。そのダイナミックな研究の着眼が大いに評価できよう。

第36回(2015年度)ジャポニスム学会賞

第3回(2015年度)ジャポニスム学会奨励賞

第36回ジャポニスム学会賞 選考理由

受 賞 者    : 南明日香氏(相模女子大学学芸学部教授) 

対象業績 : 著書『国境を越えた日本美術史 ジャポニスムからジャポノロジーへの交流誌1880−1920』藤原書店、2015年

 南明日香氏の著作は、ジャポニスム研究を未踏の領野に推し進める点において高く評価されるべき業績である。19世紀のジャポニスム(日本趣味)から20世紀のジャポノロジー(日本研究)に向かう移行期の実態については、これまで散発的な指摘しかなかった。南氏は、1900年のパリ万国博覧会を機に第一次世界大戦頃までに大きく変化していくヨーロッパの「日本美術史」再編成のプロセスを、フランスの軍人で日本美術を熱心に研究したジョルジュ・ド・トレッサンの論文・著作を中核に据えて、包括的に跡づけようと試みた。トレッサンを始めミュンスターベルク、ペトリュッチなどヨーロッパ各国の在野の研究家たちが情報を交換し、せめぎ合いながら日本美術をより正確に深く把握し、記述しようと力を尽くす様を、『國華』英語版や『真美大観』など日本発の情報や画像の重要な関与を織り込みながら、具体的に浮かび上がらせたのである。書簡、メモ、文献、画像など一次資料を博捜し、手堅いテクスト分析を駆使したその成果には十分な説得力がある。南氏の著作はジャポニスム研究にとっての新たな領域の定立、徹底的な資料調査に基づく叙述、テクストの比較分析の適確さなど優れた点が多々ある。これまで未知に等しかったトレッサンという人物の魅力と重要性を読む者に伝え、彼を起点とする歴史的な見通しを作ってくれたのは重要な功績と認めたい。トレッサンの業績の歴史的な価値や位置づけに関してのいっそう明確な結論、1900年以前の時代の掘り下げ、フランス以外の欧米と日本との美術関係史の充実、図版の整備など、このパイオニア的な研究には、今後さらに発展させるべき課題も多い。今後の研究への期待を込め、ジャポニスム学会賞に相応しい著作と判断した。

*受賞対象となった『国境を超えた日本美術史 ジャポニスムからジャポノロジーへの交流誌1880-1920』は、JSPS科研費・基盤研究C(美学・美術史)21520111及び24520119の助成による研究成果である。

第3回ジャポニスム学会奨励賞 選考理由

サワシュ晃子 氏(日本学術振興会特別研究員)

「20世紀初頭の英国における日本製輸出キモノの流通と日英業者の相互交渉について」『意匠学会会誌 デザイン理論 65号』2014年

 キモノは、ジャポニスム研究の黎明期より重要なテーマであり、イメージ分析、西洋の衣服デザインへの影響などが研究されてきた。しかし、誰がどのようにキモノを流通させ、如何にキモノの大流行が生じたかについての実証的な研究は、見落とされてきた。絹製品の輸出は、 明治30年代に入ると、磁器や漆器と逆転する。19世紀後半のキモノを輸入しそれを愛でる状況は一変し、大衆的に受容され日常的に消費されるモノとなるのである。                        本論文は、19世紀後半から20世紀始めにかけて日本との最大の貿易相手国であり、唯美主義や合理服協会の活動により キモノを受け入れる土壌が備わっていた英国を対象に、20世紀初頭におきた爆発的なキモノブームの意味と、日英業者の役割を具体的に明らかにしている。とりわけユニークな点は、 実物資料の色彩に注目し、英国消費者の好みが生産・流通に影響したと推論し、消費する内容をヨーロッパ側が決定し、それを日本に発注する構造を導きだした点である。この構造は、 ジャポニスムの回流と考えることができる。 高島屋が いかに戦略的にものを売っていたかの調査は、日本側からの西洋のジャポニスムへの対応である。この双方向性の検討を 評価したい。                               一方、本論文は、博士論文の一部であるためであろうか、時代背景の説明 が不足している。 ブームが起こった理由を、ジャポニスムの発展、 国際的な政治・貿易の環境、20世紀始めの洋服の構造変化の文脈といった 、広い視野で説明してほしかった。また、輸出用キモノのシルエットの成り立ちの経緯、タッセルと他の地域の民族衣装との関係といった、キモノの構造にたいする言及がほしかった。実物資料の調査数を増やす事も課題であろう。課題は多いが、ジャポニスムの双方向性の検討、キモノのジャポスム研究の礎石となる可能性から、奨励賞に相応しいと判断した。

 なお、2015年奨励賞候補作には、美術と産業の境界領域を対象とする研究テーマがあつまった。いずれも新たな研究領域を切り開く意欲作であったことを付け加えたい。

第3回(2015年度)ジャポニスム学会展覧会賞

ジャポニスム学会(会長・馬渕明子)は、第3回ジャポニスム学会展覧会賞を下記の二つの業績に対して贈呈することに決定いたしました。

受賞展覧会:「ボストン美術館 華麗なるジャポニスム展」及び「ホイッスラー展」 

選考過程および授賞理由
本賞第3回は、2014年の1月から12月の間に、「国内で開催され、ジャポニスムおよび日本と海外との文化交流を少なくともテーマの一部として扱った展覧会」が候補となる。理事会において理事・監事に展覧会の推薦を依頼し、その結果を学会賞担当理事が整理し、それをもとに選考委員による選考委員会を開催、理事会の審議をへて決定された。
候補は5つの展覧会であった。まず、今回の候補を軸に2014年度の展覧会とその背景を概括する。その特徴は、①ジャポニスムを企画の主要なテーマ、または企画内容の重要な一部として扱い、日本国内の大規模な美術館で巡回した展覧会が複数あったこと、②新しくジャポニスムの視点から見直された19世紀末のフランスの画家の回顧展が活発だったこと、③陶磁器や絵画がコレクションの総体で検証されたこと、以上の3点が挙げられる。
選考の過程では、特にダルヴィス・コレクションを初めて紹介し、印象派との関係を指摘した「フランス印象派の陶磁器 1866-1886」展(汐留ミュージアムほか)と、世界巡回展に日本からの独自の視点を盛り込んだ「ヴァロットン-冷たい炎の画家」展(三菱1号館美術館)も、今までにない視点と試みの企画、展覧会として高く評価されたことを特記する。
審議の結果、展覧会賞には「ボストン美術館 華麗なるジャポニスム展 印象派を魅了した日本の美」展と、「ホイッスラー展」の二つの展覧会が選ばれ、同時受賞となった。この二つの展覧会は、本賞の趣旨のうち、「ジャポニスム」における貢献で評価すべきものであった。特に、両者は海外からの借用になる大型の絵画を含む出品数がそれぞれ148点、133点余と多数、多様で大規模な展覧会であった。そして、国内の東西の大美術館によって、6ヶ月以上にわたって巡回され、さらに主催者にNHKおよびその関連会社が含まれたこともあり、展覧会の広報がきわめて大規模になされ、広く「ジャポニスム」のテーマを普及した点で、突出して大きな成果を上げたといえる。それだけでなく、両者を巡回、開催した各会場の美術館は独自に工夫を凝らして、一般の来館者に対して「ジャポニスム」をわかりやすく明快な展示構成と、詳細にして適切な解説によって紹介した。関連の教育普及事業の充実を含め、ジャポニスムの大変大規模で高度な啓蒙活動でもあったといえ、高く評価する第1の点である。
ジャポニスムの学術的な面では、「ボストン美術館 華麗なるジャポニスム展 印象派を魅了した日本の美」展では、ボストンのジャポニスムの紹介する試みが新しかったこと、そしてボストン美術館の企画原案をもとに、モネの《ラ・ジャポネーズ》を追加出品して、その意義を修復の過程とともに紹介する展示など、内容をいっそう充実させ、再構成を試みた点、「ホイッスラー展」では、日本独自の企画で世界各地からの作品借用を試みた点、画家とともに版画家としての革新的な活動をバランス良く展示を実現した点は、賞賛に値する。ただし、両者とも展示および展覧会図録掲載の論文によって、ジャポニスムの新しく実証的な検証、深い考察が必ずしも十分になされたとはいえないことには言及せざるを得ない。しかしながら、その弱点は、本学会との協力により、記念のシンポジウムが開催、報告書が刊行し、補完することで、学術的な進展を促進させることになったといえよう。こうした学術的な配慮が評価の第2点である。
以上によって、日本国内にジャポニスムのテーマを大いに普及させ、いわば「ジャポニスム・イヤー」ともいうべき関心の高まりを起こしたこの二つの展覧会のジャポニスム研究への功績は大きく、その業績を讃えたい。
(ジャポニスム学会賞展覧会賞 選考委員会)

 

第35回(2014年度)ジャポニスム学会賞

第2回(2014年度)ジャポニスム学会奨励賞

第35回(2014年度)ジャポニスム学会賞

 受 賞 者 : Ricard Bru Turull (リカル・ブル・トゥルイ)氏
 対象業績 : 著書『エロティック・ジャポニスム:西洋美術における日本の性的画像の影響』
         (英文) Erotic Japonisme ;The Influence of Japanese Sexual Imagery on Western Art. Leiden: Hotei Publishing , 2013.

授賞理由
 浮世絵春画の評価は近年高まってきている。2013年に大英博物館においても大規模な展覧会が開かれたことは話題にのぼった。ブル氏は、同展覧会の図録の寄稿者の一員でもあり、近代西洋における春画の発見についての論文も寄稿しているが、本書は、同時期にそのテーマを拡大して、ジャポニスムの観点から大部にまとめ、出版したものである。
今まで春画という分野があまり研究対象とならなかったのは、まず描かれているものが美術館や書籍などで公開をはばかられるものであったこと、そして歴史においても所蔵者が個人的にひそやかに集めていて、コレクションの存在自体があまり知られてこなかったことにある。そのようなタブーにブル氏は真っ向から挑戦し、以下の重要な問題提起とともに、この研究に取り組んだ。①春画はいつ西洋にもたらされたか。②どのような人々がこれを集めたか。③芸術家たちはそこから何を学びどんな表現を生み出したか。④日本の浮世絵とジャポニスム作品は性のあり方をどのように変えたか。
 ブル氏の検証は、かつて言及されたコレクションに関する言説、視覚資料、文学作品など広く用いて、初期の日本愛好家のグループ、ビュルティやザカリ・アストリュックらのジャングラールの会、エドモン・ゴンクール、シャルル・ジロ、バルブトーらのコレクションに春画がすでに入っていて、それらが小さいグループで鑑賞され評価が共有されていたことを指摘する。
 春画が西洋に与えた影響は、西洋に比べその性の謳歌の自由さであり、女性の裸体を神話・聖書のストーリーという大義名分のもとに表現してきたフランスなどの文化に新しい息吹を与えたことを指摘している。なかでもトゥールーズ=ロートレック、ロダン、ビアズリーなどの造形に影響を与えたばかりでなく、世紀末の象徴主義やデカダンスにも受け入れられた。とりわけ「蛸と海女」のモティーフは多くの美術家、文学者に衝撃を与えたが、海女の愉悦を理解せず、レイプとしか理解できなかった等の指摘は、文化の違いを表していて興味深い。
 春画によるジャポニスムは、今日まで深く沈潜していて表舞台に現れなかったが、それを阻んできたタブーに挑戦し、多くの文献を渉猟し、それを組み立てたブル氏の研究の姿勢は、高く評価されるべきであろう。
 ブル氏はそれまで未公開であったピカソ美術館所蔵の春画を調査・研究し、「秘画:ピカソと日本の春画」展(2009年)として企画した。『ジャポニスム、魅惑の日本美術』(バルセロナ、カイシャ・フォルム、2013-2014年)の出版のほか、氏が住み、研究・教育活動を行ってきたスペインのカタルーニャの19世紀末から20世紀にかけてのジャポニスムを丹念に調査して、まとめてもいる。本書は、氏がスペインだけでなく、幅広い地域と分野に関してもジャポニスムのリサーチを行ったもので、160点余りの図版を提示、分析し、画家たちが春画の構図や線の表現を借用・模倣したばかりでなく、春画はヨーロッパ美術におけるエロティック・アートの概念を変化させ、その影響が現代まで継続していると、大胆な仮説をたて、大局的に論じている。ロートレックの春画コレクションについては、日本のジャポニスムの先行研究を網羅していない箇所もあるが、新しい発見も多く、近年のジャポニスム研究のなかで出色のものである。著者の今後の研究の発展や、展覧会の実現、普及活動など、大いに期待され、評価すべき出版であるといえよう。 (ジャポニスム学会賞審査委員会)


第2回(2014年度)ジャポニスム学会奨励賞

 受 賞 者 :安永麻里絵 氏
 対象業績 :論文「伝統と近代のはざまでー美術史家カール・ヴィートの日本滞在と『日本の仏教彫刻』」『超域18号』2013年

授賞理由
 安永麻里絵氏のこの論文は、同氏がゲッティ・リサーチ・インスティテュートにおいて発見したカール・ヴィートの手になる彫刻写真など新資料を手がかりに、1913年4月に来日し、9か月滞在したこの美術史家の活動・方法論を検証する。滞在中の彼の足跡、彫刻撮影の実際を詳細に追跡するとともに、彼の研究の背景となっていた、西欧の美術史学における非西欧美術への新たな眼差し、そして国家的イデオロギーの産物として「日本美術史」を成立させたばかりの日本の環境の双方について考察する。実証的・具体的な研究と、視野を広くもった概念的・概括的な発想とがかみあったスケールの大きさが、選考委員に評価された。写真についても、ヴィートが撮影した彫刻写真が、美術史学における写真使用の歴史に関係づけて説明される一方で、日本人による礼拝対象としての仏像の写真との違いが指摘されるなど、論文の複眼的な眼差しは一貫している。
 安永氏は一昨年、ジャポニスム学会例会で、ドイツ、エッセンのフォルクヴァング美術館における日本美術品の展示について発表している(未論文化)。同様にこれまでの論文では、従来の美術史とは違う、制度・イデオロギーといった目に見えないものや、美術館における展示文法などのような、いわゆるメタ美術史を扱ってきた。この論文でも同氏は、飛鳥彫刻など美術作品そのものについてはほとんど言及せず、その姿勢を貫いている。こうした視点の新しさも、選考委員の評価を得た。
 ジャポニスム研究にとって当然、日本から西洋への影響はつねに重要なテーマだが、同時に、この論文のようにジャポニスムや美術史学を外側から捉え直そうとする研究も貴重であるということが、選考委員の共通認識であった。
 最後に、奨励賞候補には、数年後にかならずやより重要な論文によって、ふたたび候補に挙げられることが予想される、熱心な若手研究者が他に複数いたことを付け加えておきたい。(ジャポニスム学会奨励賞審査委員会)

 

第2回(2014年度)ジャポニスム学会展覧会賞

受賞展覧会:「没後100 徳川慶喜」展

会場・会期・主催者・後援・助成・企画・図録編集:

 第1会場:松戸市戸定歴史館(2013年10月5日 - 12月15日)  松戸市制七〇周年記念事業、主催:松戸市戸定歴史館。

 第2会場:静岡市美術館(2013年11月2日 - 12月15日) 徳川家康公顕彰四〇〇年記念事業

 主催:静岡市、静岡市美術館、指定管理者(公財)静岡市文化振興財団、静岡朝日テレビ、日本経済新聞社。

 後援:静岡市教育委員会、静岡県教育委員会

 助成:芸術文化振興基金

 企画:斎藤洋一(松戸市戸定歴史館館長補佐)、吉田恵理(静岡市美術館学芸員)

 図録編集:斎藤洋一、吉田恵理、大石沙織(静岡市美術館学芸員)

 

選考経過および授賞理由 

 本賞第2回は、当該年度である2013年の1月から12月の間に、「国内で開催され、ジャポニスムおよび日本と海外との文化交流を少なくともテーマの一部として扱った展覧会」が候補となる。理事会において理事・監事に展覧会の推薦を依頼し、その結果を学会賞担当理事が整理し、それをもとに選考委員による選考委員会を開催、審議をへて決定された。

 候補は6つの展覧会であった。本年度の候補を軸に2013年度の展覧会とその背景を概括するならば、その傾向は、①陶磁器の東西美術交渉のテーマの深い掘り下げ、②近代日本の歴史、社会、芸術全般におよぶ広い視野からの西洋との関係の見直し、③書物、新聞、挿絵を重視した東西交渉史、の3点を挙げられよう。そのなかでも特に「漱石の美術世界」展(東京藝術大学大学美術館、静岡国立美術館ほか)、「くらしと美術と髙島屋」展(世田谷美術館)、「ボンジュール・ジャポン」(北区飛鳥山博物館)展は、今までにない企画の視点と試みが新鮮で、評価の高かった展覧会として、特記しておきたい。

 審議の結果、「没後100年徳川慶喜」展が、展覧会賞に選ばれた。同展は、本賞の趣旨のうち、「日本と海外の文化交流」における貢献で評価すべきものであった。2会場で同時に開催された本展の400点あまりの出品作品・資料による12のセクションの展示、そして図録では全183ページのほぼすべてのページに附せられた詳細な解説は、松戸市戸定歴史館の齊藤洋一館長補佐を中心にして、静岡市美術館の吉田恵理、大石沙織両学芸員によるものである。展覧会はその壮大、複雑な内容が、大変丁寧にわかりやすく構成、作成されていて、大いに熱意の感じられるものであった。特に生前から「毀誉褒貶」を受けなければならない歴史的宿命にあった徳川慶喜という人物を「基本的に時系列に沿って組み立てられるが、歴史と美術の二つの領域から」(図録、斎藤論文)捉えようとした試み斬新で、特に黎明期における日本近代美術史研究には必須であるものの、展示でバランス良く示すのは難しい問題に対して、成果が得られたといえよう。この美術展展示と歴史展展示の併用、融合は、美術、歴史部門相互の理解の促進と、展示の活性化、利用者の拡幅というこれからの日本の美術館、博物館界の相互協力、企画・展示の優れた先行例となると思われる。

 学術研究面においては、徳川昭武の住居を基にした松戸市戸定歴史館の1980年代の開設準備と1991年の開館以来、同館が研究を進めてきた徳川昭武とその兄・慶喜に関する研究を集大成する内容である。そして、美術館界・学界で同時に発展してきた幕末明治初期美術の先端的研究を取り入れている。昭武は1867年のパリ万国博覧会に派遣された幕府使節団代表として将軍慶喜の名代を務めた美術史、美術交流史上での重要な人物であり、その研究も反映している。本展では、慶喜が創設した幕府の西洋研究機関・開成所と明治期の慶喜自身の洋画制作との関係を示唆した点、慶喜が撮影した写真などを集大成し、美術と写真両面から慶喜の評価を模索した点は大変優れたものである。

 本展は、展覧会としてのテーマおよび問題提起は明快、秀逸であった。また関連のシンポジウムや講演会、関連プログラムも多く開催され、研究上だけでなく、ジャポニスムにも通じる19世紀日仏の文化交流のテーマと研究を社会的に広く普及した点で高く評価したい。 (ジャポニスム学会賞展覧会賞 選考委員会)

 

第34回(2013年度)ジャポニスム学会賞

第1回(2013年度)ジャポニスム学会奨励賞

第34回(2013年度)ジャポニスム学会賞ならびに 第1回(2013年度)ジャポニスム学会奨励賞の決定について(お知らせ) 

第34回(2013年度)ジャポニスム学会賞

受 賞 者 : 廣 瀬  緑 氏

対象業績 : 著書『アール・ヌーヴォーのデザイナー M. P. ヴェルヌイユと日 本』クレオ、2013年3月25日

授賞理由 : 本書のテーマであるM.P.ヴェルヌイユは、フランスのアール・ヌーヴォー期の装飾美術家・デザイナーとして、ウジェーヌ・グラッセと並ぶ存在である。にもかかわらず、欧米においても今まで研究は十分になされておらず、日本語文献も皆無といってよいほどであった。そうした研究状況のなかで、本書はM.P.ヴェルヌイユの研究を、ジャポニスムに特化させて、新しい展開を示した。今後M.P.ヴェルヌイユとアール・ヌーヴォーの図案・デザインについての、必須の文献となることは間違いない。本書においては、M.P.ヴェルヌイユの生涯・活動が紹介され、その業績を、よく知られている植物をモティーフの中心とした『アール・ヌーヴォー図案集』だけでなく、動物・海洋生物の図案・図鑑を著し、理論的論考も多くなして、大きな造形思考に達していたことが明らかにされた。そして、本書の中核は、書名にもあるように「日本」との関係についてであり、未開拓の分野に光を当てた、ジャポニスムにとっても新しい研究ともいえる。M.P.ヴェルヌイユが自分で日本の美術品、型紙、書籍の収集を手掛け、友人にも日本美術蒐集家や日本と関係のある画家、陶芸家がおり、直接間接、日本美術から創作源を得ていたことを証明した。著者は、上記のテーマについて、フランス語文献を丹念に渉猟したうえで、遺族のもとに残された未公開の資料を軸に、その多くを一次資料によって発掘した。その調査力は大いに評価できる。ただし、本書は概説書であり、文献表、索引、学術的註など、研究書としての体裁が不十分であることも指摘されねばならない。論述の分量は不十分でもある。反面、本書が一般書であることから、その啓蒙的意義も加味できよう。研究が途上にあることは事実であるが、今後の成果も望むことができよう。フランス在住で「日仏美術交流史」を専門に掲げる著者には、今後の研究の発展を大いに期待したい。ジャポニスム研究に寄与する業績であり、受賞に値すると判断する。(ジャポニスム学会賞審査委員会)

 

第1回(2013年度)ジャポニスム学会奨励賞

受 賞 者 : 三 谷 理 華 氏

対象業績 :論文「ラファエル・コランの極東美術コレクション―新出旧蔵品に ついて」『静岡県立美術館紀要』第28号 2012年

授賞理由 : ラファエル・コランの名は、日本近代洋画を主導した黒田清輝をはじめ多くの日本人画家たちがパリで師事した画家としてよく知られている。1999年に開催された「ラファエル・コラン展」は、この画家が極東の美術・工芸品コレクションを有する日本愛好家でもあったことを明らかにしたが、内容的には400点の陶器の旧蔵品を一部紹介するにとどまった。 三谷理華氏は、コランと妹の没後、全財産を相続したコランの弟子の直系親族が所有する95点の作品(絵画2点、画稿類2点、絵入り本類28冊、浮世絵類63点)を調査し、新たな局面の情報開示として、当論文を発表された。現段階では、各作品の作者同定など基礎的データが不明または推定といった部分もあり、今後の調査継続が必須であるものの、他分野を含む研究者に協力を呼びかけるなど、その開かれた姿勢が将来的な研究の在り方を予感させる。また、新出資料の浮世絵・絵入り本などはコラン在世当時の日仏間におけるモノの流れ、情報の流れの一端を明らかにする手がかりともなり、研究素材としての価値を認めたい。 当論文に第一回ジャポニスム学会奨励賞を授与する理由は以下の通りである。 ・ 新資料を発見し、学術的に整理し、考察を加え、「ラファエル・コラン展」 時点の研究を、着実に発展させており、まとまった成果が見込める。途半 ばであるが、今後の研究成果が期待できる点から、本研究は、奨励賞受賞 作品にふさわしい。 ・ ジャポニスム研究の観点から、テーマの意義、資料のオリジナリティ、論 理的な展開が評価でき、ジャポニスム研究奨励賞第一号にふさわしい ・ 資料を公開し、広く情報や批評を受けたいという態度は、自由闊達な学術 的議論を高め、ジャポニスム研究を活性化するうえで、たいへん好ましい。 (ジャポニスム学会奨励賞審査委員会)

 

第1回(2013年度)ジャポニスム学会展覧会賞

第1回(2013年度)ジャポニスム学会展覧会賞の決定について(お知らせ)

ジャポニスム学会は、これまで33回を重ねているジャポニスム学会賞に加え、ジャポニスムあるいは日本と海外との文化交流を扱った優れた展覧会を顕彰し、日本文化の国際的な広がりについての研究と理解促進するために、この度「ジャポニスム学会展覧会賞」を創設いたしました。この賞は、各年度に国内で開催されたジャポニスムに関する展覧会のうち、審査により選ばれた優れた展覧会1件に授与されます。

第1回(2013年度)ジャポニスム学会展覧会賞

◆受賞展覧会:KATAGAMI Style 

会場・会期・主催者: 三菱一号館美術館・2012年4月6日~5月27日・三菱一号館美術館、日本経済新聞社/ 京都国立近代美術館・2012年7月7日~8月19日・京都国立近代美術館、日本経済新聞社、京都新聞社/ 三重県立美術館・2012年8月28日~10月14日・三重県立美術館、日本経済新聞社、中日新聞社、三重テレビ放送 出品内容:型紙、テキスタイル、壁紙、家具、工芸品、ポスター等 計456点

コミッショナー: 馬渕明子(日本女子大学教授)、高木陽子(文化学園大学教授)、長崎巌(共立女子大学教授)、 池田祐子(京都国立近代美術館  主任研究員)

キュレーター: 阿佐美淑子(三菱一号館美術館主任学芸員)、池田祐子(京都国立近代美術館主任研究員)、 生田ゆき(三重県立美術館学芸員)

選考経過および授賞理由

今年度より創設された本賞の選考過程は次の通りである。本賞第1回は、当該年度である2012年の1月から12月の間に、「国内で開催され、ジャポニスムおよび日本と海外との文化交流を少なくともテーマの一部として扱った展覧会」が候補となる。今年3月に、理事・監事(理事改選直後のため、旧理事・監事も含む)に展覧会の推薦を依頼し、その結果を学会賞担当理事が整理し、それをもとに選考委員による選考委員会を開催、審議を経て決定された。 候補として11の展覧会が挙がり、概括するならば、その傾向は、①世界的視野、影響関係のなかで捉えた陶磁や染織など日本近代工芸、または西洋のデザイン、②日本および日本芸術との接点から見直された、西洋近現代の芸術家の回顧展。③西洋との多大な関係を有する、黎明期の近代日本美術家の回顧展、④美術コレクションの東西流通、と整理できる。そのなかでも特に「ドビュッシー、音楽と美術―印象派と象徴派のあいだで」と「維新の洋画家―川村清雄展」は、上記③と④に相当する内容で、複数の推薦を得て、評価の高かった展覧会であった。 審議の結果、KATAGAMI Style展が、展覧会賞に選ばれた。同展は、ジャポニスムにテーマを絞っているという点で群を抜いており、本年度はテーマにおいて比較できる展覧会はなかった。そのほか評価の理由を列挙すると、展覧会の企画・コンセプト、構成・展示、図録において、①展覧会の準備および調査研究の充実、②最先端の研究、啓蒙の両面での高い達成、③各美術館会場での展示の創造性、④産業との関係の指摘など新しい視点、⑤伊勢型紙の文化財保護に寄与する歴史的、美学的、学術的貢献、⑥先行したジャポニスム展のいくつかの成果を継承、学術的問題を明確にし、新しい切り口と分野をもとに展開した研究上の優れた発展、などである。 審議においては、作品の選択や、比較の適切さなどについては異論もあり、さらにケーススタディが欲しかったとの意見が出た。展覧会の企画に関われた研究者には今後、さらなる研究の進展を求めるものである。 本展は、展覧会としてのテーマおよび問題提起は明解、秀逸であり、展示構成も明確にして観客への配慮も十分であった。国内3会場を巡回し、関連のシンポジウムも開催され、ジャポニスムのテーマと研究を社会的に広く普及、研究成果をもとに展覧会活動を通じ、大きくジャポニスム研究とその普及に貢献したと認められ、まことにジャポニスム学会の第1回の展覧会賞にふさわしい展覧会であったと高く評価したい。 (ジャポニスム学会賞展覧会賞 選考委員会)

 

2012年度(第33回)ジャポニスム学会賞

◆今井 朋 氏 展覧会図録 Un Goût d’Extrême-Orient. Collection Charles Cartier-Bresson (Juin, 2011)に収録された論文«Un Goût d’ Extrême-Orient, un regard de collectionneur de la fin du XIXe siècle » および図録編纂

授賞理由 該当論文は、フランス東部の都市・ナンシーで形成されたシャルル・カルティエ=ブレッソン(1852-1921)のジャポニスム関連の蒐集の概要を的確に伝える。ナンシーはアールヌーヴォーの揺籃の地のひとつであり、またそれがジャポニスムをベースにしているため、この地の日本美術コレクションの検証は、作家たちに与えた影響を具体的に考える材料を提供するという意味で、とりわけ重要である。おおく日本趣味コレクションの第一世代が20世紀初頭には散逸したなかで、それらの来歴を辿れる第二世代を代表する本コレクションは、きわめて貴重な文化遺産である。本論文には、この記録に直に接して網羅的な調査を遂行する機会を得た著者に相応しい洞察が示されている。 シャルル・カルティエ=ブレッソンは1889年ころから本格的に蒐集を始めたと推定されるが、その詳細な買い入れ目録からは、収集品の経路や入手の年号が確定でき、これまで不明のままだった流通経路などの復元のためにも、ナンシーにあるこの蒐集品が、きわめて貴重な資料であることが判明する。 本論文の意義を以下の4点に要約したい。まず買い入れ記録に名前がみえるアントワーヌ・ド・ラ・ナルドは1878年のパリ万国博覧会に続く時期に開店した有名な骨董店ヌーヴェル・アテネの支配人であり、ここで買い付けた青銅製品の同定により、当時の流通経路の一部が復元できた。 次に蒐集者の従兄弟にあたるポール・ブルノはルーヴル友の会初代会計であり、ここから日本美術愛好家とルーヴル美術館のobjet d’art部門との密接な人間関係が浮き彫りにされ、中国青銅製品がルーヴル美術館に収められる背景が解明された。 第3にジャポニスムという用語を発明したフィリップ・ビュルティーの1891年の没後売り立てから42点におよぶ作品が流入していることが確認され、第一期の日本趣味蒐集家の蒐集が解体され第ニ世代へと伝わる時期の美的趣味が、具体的な作例を特定することによって立証された。ここにはフェリックス・ビュオによって銅版画に写された印籠も含まれる。 第4にエドモン・ド・ゴンクールの売り立てからも、少なくとも23点の作品が購入されていることが判明した。ゴンクールのサロンについてはフェルナン・ロシャールによる写真がわずか3揃い現存するのみだが、そこに映っている作品との同定もなされている。とりわけ漆器、蒔絵については、若井が「粗末で地味な作例」を「年代物」として評価したことにゴンクールが驚いた記録なども挿入して、フランス人蒐集家側が18世紀のマリー・アントワネットの蒐集を範例とする美意識に導かれていたのに対し、日本側の美的判断が異なっていた様相などを浮き彫りにしてみせる。 総じて、きわめて高質の論考であり、脚注も備え、一般読者むきの市販図録としての配慮も行き届いており、図録に掲載された論文について、審査委員一堂から高い評価が示され、本年度のジャポニスム学会賞に相応しいものと認定された。

 

2011年度(第32回)ジャポニスム学会賞

◆マヌエラ・モスカティエッロ 氏 『ジョゼッペ・デ・ニッティスのジャポニスム、19世紀末のフランスで活躍したイタリア人画家』 (仏文) Le Japonisme de Giuseppe De Nittis, Un peintre italien en France a la fin du XIXe siècle, Peter Lang, Bern, 2011

授賞理由 本研究は、19世紀後半のパリの社交界で華々しい活躍をしたものの、早世したために長い間忘れられた画家となっていた、イタリア人ジョゼッペ・デ・ニッティスのジャポニスムを詳細に論じたものである。彼はドガやエドモン・ド・ゴンクールと親しく、自身日本美術のコレクターであり、またその作品に日本美術の表現方法を応用した。彼の邸宅は日本の美術品で飾られていたと伝えられるが、ほとんど散逸してその痕跡はなくなっている。彼はイタリアとフランスにまたがって、多くの文学者、美術批評家や画家らと交流を持ち、時代の流行をリードした画家であった。 しかし、ジャポニスムの画家として、コレクターとして、デ・ニッティスを論じた研究は先例がなく、モスカティエッロ氏は多くの作品を発掘し、書簡など今までほとんど使用されていなかった一次資料を駆使し、また閲覧すべき的確な資料に当たって、詳細にそのジャポニスムの特徴を分析した。このような点において本書はオリジナリティに富み、膨大な資料渉猟と調査の成果を示している。 本書の構成は時代背景の説明から、次第にデ゙・ニッティスのジャポニスムへと進んでいる点で、わかりやすく明晰である。この画家がパリにおいてその洗礼を受けたことは確かであり、氏は扇面、自然表現、金銀泥を思わせる画面形式、画材の扱いに日本美術を学んだ痕跡を発見し、具体的な作品を例に挙げて日本の表現と比較し、説得力ある論証を展開している。  日本との接点に関しては、とくに渡辺省亭の席画との出会いは重要であり、全く新しい指摘というわけではないが、その即興性や水墨ふうの筆触に対する詳細な検討は重要である。また、当時流行していた「袱紗」は多くの画家の絵の中に表れるが、デ・ニッティスはこれを多く所持しイメージ・ソースとして利用していたことを指摘したことも意義のあるものであった。  彼は自身のコレクションのみならず、他のコレクターの所蔵作品や出版物も参照したと考えられるが、このような資料にも丁寧にあたって、きわめて実証的に参照可能だった例を挙げている。このような手堅い手法は、ナポリ時代からの友人との交友を、資料を用いてよみがえらせたり、邸宅の様子を写真や文献を用いて復元するやり方にも表れている。 全体に、パリで流行作家として、また女性風俗画家として名をはせていたジョゼッペ・デ・ニッティスが日本美術の多様な側面を発見してそれを自らの絵画に応用した軌跡が、丁寧に叙述されている、今後も長く利用される基礎的な研究であり、「ジャポニスム学会賞」の対象業績としてふさわしいものである。

 

2010年度(第31回)ジャポニスム学会賞

◆柴田依子(しばたよりこ)氏 『俳句のジャポニスム クーシューと日仏文化交流』 (角川学芸出版、2010年3月10日発行)

授賞理由 本書は、20世紀初頭に日本の俳句をフランスで翻訳紹介し、フランス・ハイカイを生み出したポール・ルイ・クーシューの事績を、初めて本格的に跡づけた労作評伝である。著者の柴田氏は長年にわたる一次資料の調査を通じて、クーシューの生涯およびその俳句受容の実態を丹念にたどり直し、多くの新知見をもたらした。2度にわたる日本滞在を通して俳句と出会い、フランスで翻訳紹介し、自らフランス語でハイカイを創作したクーシューの業績は、俳句集『水の流れのままに』や著書『アジアの賢人と詩人』に結実し、詩歌における日仏文化交流の目覚ましい実例となり得ていることが、本書全体を通してよく理解される。巻末の年譜や作品・資料紹介も充実している。 本書の魅力は、クーシューがアナトール・フランス、ジャン・ポーラン、ポール・エリュアール、アントワーヌ・ブールデル、リルケなど、20世紀前半の重要な文学者、芸術家たちと交流し、彼らに俳句紹介を通して影響を与えたことを示唆し、浮き彫りにしている点にもある。加えて音楽に関しても、クーシューが仏訳した俳句と和歌にドラージュやデルヴァンクールが曲を付けており、20世紀前半に複数の芸術ジャンルにまたがってジャポニスムが展開するにあたり、クーシューが重要な役割を果たしたことも紹介されている。 ただし、本書にも不足の部分はあり、クーシューの全体的な人間像への踏み込みが充分ではないこと、日本語ができなかったクーシューがどのように俳句を翻訳したのか考究が足りないこと、ヨーロッパ文化に日本の短詩系文学が与えた影響や叙情性の問題をさらに深く、繊細に分析することなど、今後の研究で果たすべき課題は少なくない。しかしながら、全体としてはジャポニスム研究を文学分野で新たに切り開いた重要な著作として高く評価したい。俳句そのものではなく、フランス語によって解釈し直された「ハイカイ」のその後の運命も興味深いところであり、クーシューを起点にした著者の今後の研究に期待したい。 ジャポニスム研究はややもすると美術中心になりがちな傾向があるが、本書は文学の中でもとりわけ詩歌におけるジャポニスムを扱った貴重な研究成果として、ジャポニスム学会賞に値すると判断した。

 

2009年度(第30回)ジャポニスム学会賞

◆土田ルリ子氏 「ガレとジャポニスム」展の展覧会企画、同展図録編集および掲載論文「ガレが見た日本の美意識」会期・会場:2008年3月20日〜5月11日 サントリー美術館、2008年5月22日〜7月13日 サントリーミュージアム天保山

授賞理由 土田氏の業績は、ガレとジャポニスムという研究テーマを深化させた優れた成果である。従来は日本美術のモチーフをガレがいかに取り込んだかという視点が支配的だったが、本展覧会はガレ作品に日本の美意識との共鳴を見出して、触れて愛でる感覚やもののあはれの美学との関連性をみごとに提示している。 本展覧会はガレのジャポニスム作品のみに焦点をあてた初めての体系的な展覧会であり、図録編集にも反映されているように、これまでのガレをめぐるジャポニスム研究の集大成としても、きわめて意義のあるものと評価された。さらに図録掲載論文では、土田氏は先行研究を丁寧にたどりながら、ガレのジャポニスムの変遷を語り、学芸員としての体験を踏まえて、ガレが「触覚の美学」を理解していたと推測している。

 

2008年度(第29回)ジャポニスム学会賞

◆宮崎克己氏 『西洋絵画の到来 日本人を魅了したモネ、ルノワール、セザンヌなど』、日本経済新聞出版社、2007年。

授賞理由 今回の受賞作となった宮崎克己氏の著作は、東西美術交流史を、近代を中心に美術品という「もの」の往来とそれに関わった人物などにまつわる社会現象として検証している。これまで、近代美術史は、芸術家とその作品を中心に記述され、それでよしとする通念があったが、本著作はそこから大きく踏み出して、展覧会、美術館制度、そしてコレクター、批評家、画商といった人々の役割を論じ、これまで断片的にしか意識されてこなかった事象に明確な光をあてている。長年美術館に携わってこられた宮崎氏ならではのユニークな視点による論考を高く評価するものである。この著作が、従来のジャポニスム研究の狭義の枠を破り、さらなる視野の拡大による研究への刺激となることを期待したい。

 

2007年度(第28回)ジャポニスム学会賞

◆岡部昌幸氏 「ジャポニスムのテーブルウエア-西洋の食卓を彩った"日本”-」展の企画および同展図録掲載論文「ジャポニスムのテーブルウエア-19世紀末、欧米の食卓を彩った日本の美意識」(会場:松下電工汐留ミュージアム 会期:2007年2月9日-5月6日)。

授賞理由 今回の授賞業績となった『ジャポニスムのテーブルウエア』展は、岡部昌幸氏が数年前より企画、実現した労作であり、ニューヨーク在住のデイヴィー夫妻のコレクションの一部を展覧会として編成したものである。個人コレクションとはいえ、岡部氏の長年の見識によって、展覧会として学術的にも非常に興味深くかつ広い観客層の期待や関心にも応じうる内容であった。ジャポニスム研究において、アール・ヌーヴォーにかかわる工芸部門や家具など生活環境におけるジャポニスムの再評価は注目すべきものがあったが、アメリカにおける陶磁器の紹介はまだ数少ない中、本企画は、万博などに展示される特殊な目的と形態を持つものではなく、日常的な生活用具としてのテーブルウエアへの注目という点で、斬新であり、評価に値する。貴族の時代からブルジョワ趣味時代への移行とジャポニスムの展開とが重なり合ったということが、今回の展示作品を見るうえで興味深く、示唆的である。また、図録掲載論文において、岡部氏は『米欧回覧実記』によってウィーン万博の影響を詳細に論じている。岩倉使節団の役割が、日本の殖産興業発達の基礎に役立ったとする従来の見方にとどまらず、輸出産業との関わりに踏み込んで論じている点は重要である。

 

2006年度(第27回)ジャポニスム学会賞

◆鈴木禎宏氏 『バーナード・リーチの生涯と芸術』、ミネルヴァ書房、2006年。

授賞理由 受賞作となった鈴木禎宏氏の著作は、ポスト・ジャポニスムの時代に東洋と西洋を陶芸という分野で融合させようとしたバーナード・リーチの「東と西の結婚」観を取り上げている。リーチは、日本に住み、その芸術を熟知することによって、「結婚」という形での解決法を生み出そうとした。著者は、そこに見られる中世への復古や遠い東洋へのロマン主義的感性、あるいはアーツ・アンド・クラフツ的ユートピアと並んで、西洋を男性性、東洋を女性性とみなすジェンダー観をも指摘しつつ、その仕事をひとつの先駆的方法と評価している。その点が独創的であり、様々な角度から精緻に論考が展開されている。鈴木氏は、多くの研究領域の狭間と言えるような領域を上手くまとめて、厚みのあるリーチ像を現前させた。広く日本の美術史およびジャポニスム研究の水準を上げた著作ということができよう。

 

2005年度(第26回)ジャポニスム学会賞

◆クラウディア・デランク氏 『ドイツにおける<日本=像>―ユーゲントシュティールからバウハウスまで』、 思文閣出版、2004年。

◆羽田美也子氏 『ジャポニズム小説の世界―アメリカ編』、彩流社、2005年。

授賞理由

デランク氏の受賞作は、ドイツ語の著作Das imaginare Japan in der Kunst. "Japanbilder" vom Jugendstil bis zum Bauhaus" (Ludicium, Munchen, 1996) の日本語訳である。これまでのジャポニスム研究はフランスを中心に展開されてきた経緯がある。ドイツのジャポニスム研究成果が少ない中、受賞作は、建築、工芸、写真を研究資料とし、ジャポニスムが両大戦間のバウハウスにまで至っていることをドイツにおける日本のイメージの受容を分析しつつ示している。それが深い論考に支えられている点は審査員の評価が一致したところである。

羽田氏の受賞作は、日本大学に提出した博士論文『アメリカにおけるジャポニズム文学の研究』が土台となっている。文学のジャポニスムのなかでも、今日ではほとんど忘れ去られた合衆国のジャポニズム小説を根気よく探し出し、多くの新知見を提供している点が評価された。ジョン・ルーサー・ロングの『蝶々夫人』だけではなく、英中混血のオノト・ワタンナ、アーネスト・F・フェノロサの妻メアリー・フェノロサ、合衆国の幼児教育を日本に導入したフランセス・リトルなどの女性作家が多いことに注目し「家庭小説」のジャンルに位置づけている。 昨年、ジャポニスム学会は設立25周年を迎えた。今回の受賞者・受賞作は、この4分の1世紀間のジャポニスム研究の、世界的な広がり、また視覚芸術の枠を越えた研究媒体への広がりを象徴していると思われる。

 

2004年度(第25回)ジャポニスム学会賞

◆小野文子氏 『Japonisme in Britain Whistler, Menpes, Henry, Hornel and nineteenth-century Japan』, Routledge Curzon, 2003.