第35回(2014年度)ジャポニスム学会賞ならびに
第2回(2014年度)ジャポニスム学会奨励賞の決定について(お知らせ)
第35回(2014年度)ジャポニスム学会賞
受 賞 者 : Ricard Bru Turull (リカルド・ブル・トゥルイ)氏
対象業績 : 著書『エロティック・ジャポニスム:西洋美術における日本の性的画像の影響』
(英文) Erotic Japonisme ;The Influence of Japanese Sexual Imagery on Western Art.
Leiden: Hotei Publishing , 2013.
第2回(2014年度)ジャポニスム学会奨励賞
受 賞 者 :安永麻里絵 氏
対象業績 :論文「伝統と近代のはざまでー美術史家カール・ヴィートの日本滞在と『日本の仏教彫刻』」
『超域18号』2013年
第35回ジャポニスム学会賞・授賞理由
浮世絵春画の評価は近年高まってきている。2013年に大英博物館においても大規模な展覧会が開かれたことは話題にのぼった。ブル氏は、同展覧会の図録の寄稿者の一員でもあり、近代西洋における春画の発見についての論文も寄稿しているが、本書は、同時期にそのテーマを拡大して、ジャポニスムの観点から大部にまとめ、出版したものである。
今まで春画という分野があまり研究対象とならなかったのは、まず描かれているものが美術館や書籍などで公開をはばかられるものであったこと、そして歴史においても所蔵者が個人的にひそやかに集めていて、コレクションの存在自体があまり知られてこなかったことにある。そのようなタブーにブル氏は真っ向から挑戦し、以下の重要な問題提起とともに、この研究に取り組んだ。①春画はいつ西洋にもたらされたか。②どのような人々がこれを集めたか。③芸術家たちはそこから何を学びどんな表現を生み出したか。④日本の浮世絵とジャポニスム作品は性のあり方をどのように変えたか。
ブル氏の検証は、かつて言及されたコレクションに関する言説、視覚資料、文学作品など広く用いて、初期の日本愛好家のグループ、ビュルティやザカリ・アストリュックらのジャングラールの会、エドモン・ゴンクール、シャルル・ジロ、バルブトーらのコレクションに春画がすでに入っていて、それらが小さいグループで鑑賞され評価が共有されていたことを指摘する。
春画が西洋に与えた影響は、西洋に比べその性の謳歌の自由さであり、女性の裸体を神話・聖書のストーリーという大義名分のもとに表現してきたフランスなどの文化に新しい息吹を与えたことを指摘している。なかでもトゥールーズ=ロートレック、ロダン、ビアズリーなどの造形に影響を与えたばかりでなく、世紀末の象徴主義やデカダンスにも受け入れられた。とりわけ「蛸と海女」のモティーフは多くの美術家、文学者に衝撃を与えたが、海女の愉悦を理解せず、レイプとしか理解できなかった等の指摘は、文化の違いを表していて興味深い。
春画によるジャポニスムは、今日まで深く沈潜していて表舞台に現れなかったが、それを阻んできたタブーに挑戦し、多くの文献を渉猟し、それを組み立てたブル氏の研究の姿勢は、高く評価されるべきであろう。
ブル氏はそれまで未公開であったピカソ美術館所蔵の春画を調査・研究し、「秘画:ピカソと日本の春画」展(2009年)として企画した。『ジャポニスム、魅惑の日本美術』(バルセロナ、カイシャ・フォルム、2013-2014年)の出版のほか、氏が住み、研究・教育活動を行ってきたスペインのカタルーニャの19世紀末から20世紀にかけてのジャポニスムを丹念に調査して、まとめてもいる。本書は、氏がスペインだけでなく、幅広い地域と分野に関してもジャポニスムのリサーチを行ったもので、160点余りの図版を提示、分析し、画家たちが春画の構図や線の表現を借用・模倣したばかりでなく、春画はヨーロッパ美術におけるエロティック・アートの概念を変化させ、その影響が現代まで継続していると、大胆な仮説をたて、大局的に論じている。ロートレックの春画コレクションについては、日本のジャポニスムの先行研究を網羅していない箇所もあるが、新しい発見も多く、近年のジャポニスム研究のなかで出色のものである。著者の今後の研究の発展や、展覧会の実現、普及活動など、大いに期待され、評価すべき出版であるといえよう。 (ジャポニスム学会賞審査委員会)
第2回ジャポニスム学会奨励賞・授賞理由
安永麻里絵氏のこの論文は、同氏がゲッティ・リサーチ・インスティテュートにおいて発見したカール・ヴィートの手になる彫刻写真など新資料を手がかりに、1913年4月に来日し、9か月滞在したこの美術史家の活動・方法論を検証する。滞在中の彼の足跡、彫刻撮影の実際を詳細に追跡するとともに、彼の研究の背景となっていた、西欧の美術史学における非西欧美術への新たな眼差し、そして国家的イデオロギーの産物として「日本美術史」を成立させたばかりの日本の環境の双方について考察する。実証的・具体的な研究と、視野を広くもった概念的・概括的な発想とがかみあったスケールの大きさが、選考委員に評価された。写真についても、ヴィートが撮影した彫刻写真が、美術史学における写真使用の歴史に関係づけて説明される一方で、日本人による礼拝対象としての仏像の写真との違いが指摘されるなど、論文の複眼的な眼差しは一貫している。
安永氏は一昨年、ジャポニスム学会例会で、ドイツ、エッセンのフォルクヴァング美術館における日本美術品の展示について発表している(未論文化)。同様にこれまでの論文では、従来の美術史とは違う、制度・イデオロギーといった目に見えないものや、美術館における展示文法などのような、いわゆるメタ美術史を扱ってきた。この論文でも同氏は、飛鳥彫刻など美術作品そのものについてはほとんど言及せず、その姿勢を貫いている。こうした視点の新しさも、選考委員の評価を得た。
ジャポニスム研究にとって当然、日本から西洋への影響はつねに重要なテーマだが、同時に、この論文のようにジャポニスムや美術史学を外側から捉え直そうとする研究も貴重であるということが、選考委員の共通認識であった。
最後に、奨励賞候補には、数年後にかならずやより重要な論文によって、ふたたび候補に挙げられることが予想される、熱心な若手研究者が他に複数いたことを付け加えておきたい。 (ジャポニスム学会奨励賞審査委員会)