第13回 ジャポニスム学会奨励賞

受賞者:西井アカネ氏

対象業績: “ La diffusion et l’exportation des objets d’artisanat d’art japonais de la fin d’époque d’ Edo à l’ère Meiji(1853-1890). Enjeux politiques, éconimiques et sociaux pour le Japon.” (「江戸時代末期から明治時代にかけての日本の工芸品の普及と輸出(1853-1890)。日本にとっての政治的、経済的、社会的課題」) 社会科学高等研究院(École des hautes études en sciences sociales)博士論文、2024年

選考経過
2023年4月1日〜2025年3月31日までに日英仏語で発表された、ジャポニスム研究に寄与する学術性の高い著作(著書、論文、評論、翻訳)、展覧会企画、およびデジタル出版やリポジトリで公開された博士論文など)を対象に、公募制により学会員から対象業績を募りました。それをもとに本年9月に選考委員会で厳正な選考を行い、10月の理事会にて受賞者を決定いたしました。

授賞理由
西井氏の論考はフランスの社会科学高等研究院 (EHESS, École des hautes études en sciences sociales)に提出された“ La diffusion et l’exportation des objets d’artisanat d’art japonais de la fin d’époque d’ Edo à l’ère Meiji(1853-1890). Enjeux politiques, éconimiques et sociaux pour le Japon.” (「江戸時代末期から明治時代にかけての日本の工芸品の普及と輸出(1853-1890)。日本にとっての政治的、経済的、社会的課題」)と題された550頁を超える博士論文である。学位論文であるため、ジャポニスムを論ずるというより、筆者の長年の研鑽を披瀝する内容であるが、該当する時代に残されたさまざまな資料;幕府の町触れ、取引報告、政府内上申書や建白書、横浜開港当時の新聞などを読み込み、日本側の関連研究書にもあたって統計データを積み上げた労作と言えよう。西井氏は本学会の『ジャポニスム研究』にも2007年27号、2015年35号、2017年37号と論考を寄せており、後の2本の論文に書かれた、ペリー来航時に下田に急拵えで設けられた欠乏所での工芸品売買の実態や横浜の外国人居留地商館での日本品販売状況を横浜毎日新聞の紙面から集計、外国ごとの購入品の傾向を分析するなどの内容は、そのままこの論文の前半のハイライトとなっている。
幕府側のさまざまな町触れ、町年寄り五人組での責任のありよう、商人たちの商取引の実態、1858年から60年にかけて江戸の社寺に国ごとに分宿して修好通商条約締結を目指す各国人の買い物実態が、こうした調査の中に浮かび上がる。後半では、1867年パリや1873年ウィーンでの万国博覧会参加を通して、万博体験を経た政府要人を中心に、日本が美術、工芸といった概念に目覚め、工芸品の外貨獲得をめざして品質向上のため過去への学びを再評価したり、古物の保存や職人の擁護へと心を向ける、古美術鑑賞会から龍地会が誕生する、美術館や博物館そして美術学校の設立へと進む道筋など、政府内部の上申書、建白書を読み解くことでさまざまな日本美術の概念が醸成されてゆくさまを読み取ることができる。
ただ、建白書も理想論の羅列なので、それがどう実現した、しなかったといった事柄の分析こそ、これからの研究課題だろう。また、『ジャポニスム研究』2013年33号の巻頭論文ジュヌヴィエーヴ・ラカンブル著「考察:1867年のパリ万国博覧会に出品された日本絵画について」についての言及がないなど、近年および最新の先行研究の成果を十分に取り入れていないのではないかと思われる部分もあり、今後のさらなる研鑽を期待したい。
(ジャポニスム学会賞選考委員会)

13回 ジャポニスム学会奨励賞受賞者紹介
西井アカネ
【略歴】
1974年:福井県生まれ
1998年:金沢大学文学研究科国際文化交流史修了
2006年:エコール ド ルーヴル研究課程卒業
2005年, 2007年:ディアンヌ ドゥ セリエ社 『挿絵入り源氏物語』制作チーム
2008年~2020年:JICA研修監理員
2020年~2025年:セルジー大学日本語教師
2024年:フランス国立社会科学高等研究院で博士号取得
2025年~現在:グルノーブル・アルプ大学日本語教師

【主要な業績】
« 二代歌川國輝「鎧之渡」:一八六七年パリ万国博覧会出品「江戸風景絹本浮世絵」の再発見 »、『浮世絵芸術』, 190号, 2025, p.5-17.
« 特別寄稿 慶応三年パリ万国博覧会の絹本浮世絵 »、展覧会カタログ『Over The Waves -南蛮・万博・ジャポニスム-』, 和泉市久保惣美術館, 2025, p.107-109.
2025年7月6日放送NHK日曜美術館『ジャポニスム 西洋を変えた “美の波”』撮影取材協力
« Les exportations d’objets décoratifs vers l’Occident à partir de 1850 » [1850年以降の西洋への装飾美術品輸出], in Le goût du Japon, Voyage dans les collections du musée Saint-Rémi, Musée Saint-Rémi de Reims, 2018, p.14-19.
« 1870年代の工芸輸出『横浜毎日新聞』1873年から1879年の売込欄・輸出欄を中心に », 『ジャポニスム研究』, 37号, 2017, p.23-45.